東京高等裁判所 昭和48年(ネ)1702号 判決 1977年2月09日
控訴人
住友正雄
右訴訟代理人
藤井暹
外三名
被控訴人
前島忠一
右訴訟代理人弁護士
柳田幸男
外三名
主文
一、原判決を取消す。
二、被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の各土地につき所有権移転登記手続をなし、かつ、右各土地を引渡せ。
三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一控訴人の主張の委任契約及び右委任事務の処理について判断する。
<証拠>を総合すると、控訴人が昭和三二年七月一日頃被控訴人に対し別紙目録記載の土地(以下本件土地という。)を含む栃木県那須郡那須町所在の約四万坪の土地を訴外富士木材貿易株式会社(以下訴外富士木材という。)から、控訴人のために被控訴人の名義で買いうけることを委任したことが認められ<る>。
<証拠>には右認定に反する記載があるが、<証拠>に徴すると、昭和三二年七月頃当時訴外富士木材の役員間で会社の経営をめぐり内紛が生じており、役員が二派に分れて互に抗争し、昭和三四年七月頃には同会社代表取締役槇島忠三、同取締役山口好郎等に対し、本件土地を含む前記那須町所在の会社所有地の売却に関する同人らの非違行為等を理由とする取締役職務執行停止、代行者選任仮処分申請事件等に発展し、控訴人も右槇島、山口らとともに他派に対抗するため、ことさら事実に反する主張又は供述をした結果、右のような記載がなされたものと認められるから、右<証拠>は前記認定をなす妨げとはならず、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。
なお、後記認定の訴外富士木材の右約四万坪の土地の売却代金八〇〇万円は、被控訴人が直接これを出捐していないことは<証拠>によつても明らかであり、また、<証拠>によれば、うち五〇〇万円の支払については、被控訴人名義による安全信用組合からの借入金が充てられているものの、右の借入は前記槇島の五〇〇万円の通知預金が担保に提供され、被控訴人は右安全信用組合に右の返済をしておらず、右の返済は槇島又は控訴人によつてなされたものであることが認められ、さらに、被控訴人が昭和三二年七月一日頃訴外富士木材から右土地を買受け、その引渡をうけ、同月一二日にこれの所有権移転登記をうけた(この点は後記説示のとおりである)後、遅くとも昭和三六年九月頃までの間に、控訴人と被控訴人との間に、被控訴人は前記約四万坪の土地を他に分譲販売する、必要経費を差引いた分譲利益金の八割は控訴人の取分とし、残二割は被控訴人の取分とする、控訴人は被控訴人に対し給与として月額六万円を支給する、この給与を右必要経費の中に含める等の約旨による土地分譲販売契約が成立し(右分譲販売に関する契約の成立自体は当事者間に争いがない。)、昭和三八年頃までの間、双方がこれに基く履行をなしたことは<証拠>によつて充分に認められるところであり、昭和三二年七月一二日被控訴人が右の所有権移転登記をうけた後、昭和三五年から昭和三九年までの間に、本件土地のうちの二〇六番の三七三の山林一町歩が控訴人の依頼により被控訴人と関係のない金員貸借につき担保として提供されていることは<証拠>から明らかなところであり、これらの事実もまた前記一の認定を支えるものである。
そして、被控訴人が昭和三二年七月一日頃訴外富士木材から本件土地を買いうけ、その引渡をうけ、かつ同月一二日所有権移転登記をうけたことは当事者間に争がなく、<証拠>によると、右の売買は前認定の控訴人と被控訴人間の委任契約に基きなされたもので、本件土地を含む前記約四万坪の土地が、代金八〇〇万円をもつて、当初にそのうち三〇〇万円を、次に残五〇〇万円を支払う約旨の下に、一括して右のように売渡され、その引渡し及び被控訴人名義の所有権移転登記がなされたことを認めることができ、これに反する証拠はない。なお、<証拠>によれば、被控訴人は前記土地を買受後同土地を分譲別荘地として売出すため道路の整備、水道、温泉の敷設及び宣伝に尽力し、これを実行したことが認められるが、右の事実も控訴人との間の前記分譲販売契約の存在及び右に要した費用のほとんどは分譲代金から回収していることが被控訴人の右供述によつても認められることに照し、前記認定を覆すに足りない。
二そこで商法第二六五条違反の被控訴人の抗弁(抗弁一)について検討するに、控訴人が昭和三二年七月当時訴外富士木材の代表取締役であつたことは当事者間に争がなく、また前記の本件売買契約が被控訴人において右認定の本件委任契約に基き控訴人のために締結したものであることは前認定のとおりである。そうすると本件売買契約は、控訴人の計算において締結され、控訴人にその経済的利害を生じさせるものであつて同条にいう取引に当るというべきである。
控訴人は右売買契約は訴外富士木材にとつて有利な取引であつて同条の取引に当らないと主張するが、前記のとおり、右売買契約による取引は訴外富士木材がその会社財産たる前記約四万坪の土地を代金八〇〇万円で、形式的には被控訴人に対し、しかし実質的にはその代表取締役たる控訴人に対し売却するというものであつて、客観的にみて会社とその代表取締役との間に利害の衝突をもたらし、会社に不利益を与える危険のある取引であるから、取締役会の承認を要しない会社に有利な取引というをえず、控訴人の右主張は理由がない。
控訴人は右売買契約の締結につき昭和三二年六月二七日に開催された訴外富士木材の取締役会において承認があつたと主張するが、<証拠>によつてもこれを認めるに充分でなく、かえつて、<証拠>によると、控訴人主張の取締役会においては右約四万坪の土地を換金する旨の決議がなされたにとどまり、控訴人主張の承認はなかつたことが認められる。
しかし、同条にいう承認は事後になされることも妨げられず、これのなされた場合にはその目的たる取引は当初に遡つて有効になると解するのが相当であるところ、<証拠>によると、控訴人が当審で主張するとおり、訴外富士木材は昭和四八年一〇月二三日取締役会を開催し、同取締役会は右約四万坪の土地につき訴外富士木材の元代表取締役控訴人が被控訴人名義をもつて、訴外富士木材との間で締結した昭和三二年七月一日付の本件売買契約を承認する旨の決議をしたことが認められ、これに反する証拠はない。
三そこで、進んで、本件委任契約は公序良俗に反し無効であるとの被控訴人の抗弁(抗弁二)について考える。
<証拠>を総合すると次のとおり認定することができる。
前記約四万坪の土地は、昭和二九年末頃、当時訴外富士木材の取締役副社長をしていた槇島忠三の伝手で訴外富士木材が株式会社ラジオ東京から七〇〇万円ないし七五〇万円で買取つたものであるところ、昭和三一年頃から訴外富士木材はその運転資金を充実するため同社所有の土地(主として右那須の土地)及び有価証券を換金する必要があつた。そこで当時その代表取締役をしていた控訴人が右土地の売却に当ることとなり、同年五月頃、かねて控訴人方に出入していた不動産業者である被控訴人に対しこれを八〇〇万円以上で売却するにつき仲介を依頼し、被控訴人において一旦は右土地を代金八〇〇万円ないし一、〇〇〇万円で他に売却しようと努力したが、これが成功しないため、結局控訴人自身が右土地を代金八〇〇万円で一括して買取ることに決意した。しかし、それ以前の昭和二九年頃訴外富士木材が東京国税局の調査をうけたこともあり、また、昭和三二年七月頃すでに前記のように訴外富士木材の経営をめぐつてその役員が二派に分れて抗争していたため、右土地の買主として自己の名を出すと他派を刺激し、無用のいざこざが生じると考えた控訴人は、自己が真の買主であることを秘し、不動産取引に明るい被控訴人にその趣旨を伝えて同人との間で前認定の委任契約を内密に締結し、形式上買主の名義を被控訴人とすることにしたうえ、前記のとおり訴外富士木材から被控訴人が右土地を買いうけ右土地につき被控訴人のため所有権移転登記がなされた。一方、被控訴人はそれまでに控訴人個人の財産につき不動産仲介をしたこともあつたが、訴外富士木材とは関係のない者であり、控訴人から頼まれて右委任の趣旨を充分に諒解して控訴人との間で右委任契約締結に及んだのである。昭和三二年七月頃当時の右約四万坪の土地の時価は必ずしも明らかではないが、当時右土地は道路が完備せず、水道の敷設はなく、温泉も整備されていないため、これを別荘地として分譲するには相当の時日と費用を要する状況にあり、当時右の利便等の差異により部分的に地価の差異があることが推認され、また、その頃これが一、〇〇〇万円で一括売却しえなかつたことのあることは前記のとおりであり、他方、右土地と同種同等の土地一、五〇〇坪が当時代金三〇〇万円(坪当り平均二、〇〇〇円)で訴外富士木材から訴外三菱重工業株式会社に売却されており、また隣接土地の昭和三〇年当時の価格として坪当り一、二三〇円の評価も存在する。<中略>
右認定事実からすると、控訴人は被控訴人の名において右約四万坪の土地を訴外富士木材から一括して安い価格で買受けたとみるべきであるが、当時訴外富士木材においてこれの換金の必要があり、右の売却価格を最低八〇〇万円とし、その売渡先については格別の意向はなかつたこと、訴外富士木材からの前記八〇〇万円の買受価格は同社の買入価格より高いこと及び当時の右土地の状況その他右認定の買受の経緯に照らすとき、控訴人の右の買受は同人らがその地位を利用して不当な利益を貧ることを目的とし、その結果富士木材に損害を与えたとみることはできない。また、右買受につき控訴人が自己の名を秘し、被控訴人に委任してその名義を用いたことは会社の代表取締役の行為として妥当なものとはいえないが、以上認定の事実を合わせ考えるとき、前記委任契約を公序良俗に反する事項を目的とする無効な契約ということはできず、他にこれの無効を肯首するに足りる資料はない。
四ついで、当審における被控訴人の主張三について考える。
まず、本件委任契約及び売買契約が公序良俗に反しないことは前記のとおりであり、この契約が犯罪行為であると認めるに足りる証拠はない。
<証拠>によると、前記認定の土地分譲販売契約が成立した頃、訴外槇島忠三、山口好郎は右買受代金の一部を負担していたので、控訴人との間で右契約に基く前記控訴人の取分たる分譲利益金の八割につき、更にこれを控訴人は四、槇島は四、山口は二の割合をもつて分ける旨の話合のなされたことを窺知することができるから、槇島、山口の両名は昭和四八年一〇月二三日開催の前記取締役会における前記の事後承認の議案につき特別の利害関係を有する取締役として議決権を行使しえないのではないかとの疑のあるものであるが、<証拠>によると、右取締役会においては訴外富士木材の取締役総員八名のうち右両名の取締役を含めて七名の取締役が出席し、その出席者全員が異議なく右議案を承認可決していることが認められるから、前記両名の取締役を除外しても右議案の承認可決に必要な数の取締役がこれに賛成の意見を表明していることが明らかであり、従つて、右両取締役の議決権行使が不当であるとしても、これによつて右の承認可決の決議の効力は妨げられないものと解せられる。結局、控訴人の右主張は理由がなく、本件売買契約は右の事後承認によつて追認され、当初に遡つて有効になつたとみるべきである。
五次に、禁反言、信義則違反についての被控訴人の抗弁(抗弁三)につき検討する。
<証拠>によると次のとおり認定することができる。
被控訴人主張のとおり、東京地方裁判所昭和三四年(ヨ)第二、〇二九号職務執行停止仮処分申請事件(以下別件という)が提起された。この事件における申請人らの主張の一つは、被申請人槇島忠三、同山口好郎は、控訴人と意を通じ、被控訴人名義で前記約四万坪の土地を時価よりはるかに低廉な価格で訴外富士木材から買いうけ、時価と代金額の差額を不法に横領したということにあつた。これに対し、控訴人は同会社の代表取締役として右事件において申請人らの右主張を否認するとともに、右土地は被控訴人自身が控訴人に関係なく買いうけたもので、控訴人が被控訴人をして控訴人のために買いうけさせたものではないという趣旨を記載した答弁書及び控訴人自身作成の供述書を審理裁判所に提出し、控訴人に対する同会社代表者尋問の際にも同趣旨の供述をした。なお、同事件の判決において、控訴人らの右主張は判断されていない。
他方、控訴人が、本訴において、右土地は控訴人が被控訴人をして控訴人のために買いうけさせたものであると主張していることは本件訴訟上明らかである。
かように認めることができ、これに反する証拠はない。
裁判所に対し、他の事件において主張し、供述したことと相反する主張を、別の事件において主張することは、それが著しく公正、妥当を欠くときは、訴訟上の信義則に違反するものとして許されないと解すべきである。しかし、本件においては前述のとおり、控訴人が被控訴人に前記の委任をなし、その趣旨を充分に諒解した被控訴人が、この委任に基き本件売買契約に及んだのであつて、このことが真実に合致し、特に<証拠>によると、別件において、被控訴人は控訴人と対立関係にあつたものではなく、かえつて被控訴人も控訴人に同調して控訴人に有利な裁判が得られるよう協力した形跡が窺われるのであり、また、前記三の認定事実、本件弁論の全趣旨からすると、本件において禁反言の原則違反、信義則違反をもつて律するときは、かえつて不当な結果を招くことになると認められるのであつて、これらの諸点を考量するとき、本件にあつては控訴人の被控訴人に対する前記の主張はなお、禁反言の原則、信義則に反すると解することは困難であり、他にこの判断を左右すべき資料はない。よつて、控訴人の右主張もまた採用し難い。
六次に不法原因給付についての控訴人の抗弁(抗弁四)について検討するに、本件土地を控訴人が被控訴人に対して「給付した」かどうかも一つの問題ではあるが、その点はさておき、すでに前記三で説示したとおり本件委任契約を公序良俗違反のものとみることができないから、控訴人において被控訴人に対し本件土地を「不法の原因のため」に給付したと認めることは困難であり、従つて、被控訴人の右主張も理由がない。
七進んで、被控訴人の分譲販売契約の抗弁(抗弁五)について考えるに、控訴人が被控訴人に本件土地を含む前記土地の分譲販売を委託する旨の契約が昭和三六年九月頃までに成立したことは、前記一に認定したとおりであるが、<証拠>によると、被控訴人は昭和四一年頃控訴人との間の本件土地をめぐる紛争等により右契約に基き控訴人のために右土地につき分譲販売する意思を喪失し、これを中止していること、控訴人が昭和四一年一二月一三日被控訴人に対し右契約を解除する旨の意思表示をした(この意思表示のなされたことは当事者間に争がない)ことを認めることができるから、控訴人が再抗弁する(再抗弁二)ように右契約は控訴人の右意思表示によりその頃解除されたと認むべきであり、結局被控訴人の右抗弁も理由がない。
八以上の次第で、控訴人の主位的請求原因事実が認められ、被控訴人の抗弁はいずれも採用し難く、受任者たる被控訴人は控訴人に対し、同人のために取得した本件土地の所有権移転登記手続及びその引渡しをする義務があるものと認められるから、控訴人の本訴主位的請求は理由ありとして認容すべきものであり、これと異る原判決は取消を免れず、本件控訴は理由がある。
よつて、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条に従い主文のとおり判決する。
(外山四郎 海老塚和衛 小田原満知子)
別紙目録<省略>